土井玄臣『The Illuminated Nightingale』感想

The Illuminated Nightingale

The Illuminated Nightingale

 時間軸に音の粒が配置されている。あらゆる曲がそうであるのに、このアルバムを聴いているとそのことが聖なる行為に見えてくる。

 このアルバムは夜の始まりから始まり、夜明け前で終わる。と言われたら思い浮かべるのはどうしたってスピッツの『三日月ロック』だろう。『三日月ロック』との共通点は、妄想と現実の境界線が曖昧なところだと思う。夜の自由さ、夜の無敵さ、夜のボーダーレス。白日に晒される前に、誰にも気づかれないうちに、計画を遂行するときの、あのとんでもない楽しさ。

 小さい頃にNHKの教育番組で見たような、夜の遊園地で動物達の像が動き出して遊び回ったり冒険したりするような、そんな場面が頭に浮かんでくる。やわらかく光を放つ電子音は、闇の中を跳ねるスーパーボールみたいだ。

 なかでも一番好きなのは5曲目「サリー」。ドラムの音が大きくなる「不安なサリー」のところで、全部救われる。本当に、ふっと、なにもかもが軽くなる。あの瞬間はちょっとなにものにも代え難い。

 6曲目のAuf Wiedersehenは真夜中ここに極まれりというという感じ。午前1時。8曲目の「涯てな」は午前3時。この曲はちょっと綺麗すぎて怖い。夜にはもちろん怖さもある。

 土井さんのつくる曲に出てくる人たちはみんな何もかもから見捨てられていて、それは人間からだけじゃなくて、太陽とか電車とかその他いろいろなものからも見捨てられていて、そういう人たちが夜に落ちていきながら少しずつ輝いていって、そういう物語を見ているとものすごくせつないけれどその輝きに足元を照らされる。

 最後になにかうまいことを言ってまとめたいんだけど、このアルバムを聴いているとなんだかふわふわしてしまって、あとちょっと骨抜きみたいな感じになって、適当な言葉も見つからない。夜に無駄に起きているのが好きな人は聴いてみてください。




五十嵐隆「生還」

概要

 2013年5月8日(水) 東京都 NHKホール
 開場18:15 開演19:00

セットリスト

 Reborn
 Sonic Disorder
 神のカルマ
 I.N.M
 生活
 赤いカラス
 新曲
 新曲
 新曲
 新曲
 新曲
 明日を落としても
 センチメンタル
 月になって
 落堕
 天才
 Coup d'Etat
 空をなくす

<アンコール>
 パープルムカデ
 リアル

<ダブルアンコール>
 翌日

前日

<へる氏>順を追って、話していこうか。
< 私 >どこから話せばいいんだろう。
<へる氏>2013年3月1日に、VINTAGE ROCK(ライブ制作会社)のHPで「生還」が発表されて(http://www.vintage-rock.com/artists/igarashi.html)。ナタリーとかでもニュースが出て(http://natalie.mu/music/news/85831)。syrup16g解散ライブ(2008年3月1日 武道館)と同じ3月1日に。どう思った?
< 私 >なんか信じられなかった。詳しくは3月9日の日記に書いたような心境だったんだけど(http://d.hatena.ne.jp/sosallycanwait/20130309)。
<へる氏>ライブに行けなくてもいいと思ってたんだ?
< 私 >なんとなくチケットがとれないんだろうなあと思ってた。結果は、VINTAGEの先行予約でとれたんだけど。
<へる氏>ライブの前日はどんな気持ちだった?
< 私 >GWが終わって、前日になっても、まだずっと信じられない気持ちが続いてた。明日ほんとにライブなのかあって。

当日

<へる氏>ライブには間に合ったの?
< 私 >18:45ぐらいにNHKホールに着いた。入り口の「きょうの公演」っていうところに、五十嵐隆「生還」って書いてあるのがなんかおかしかったなあ。Tシャツはもう売り切れていて。私は3階席でした。武道館のときもそうだったんだけど、席が埋まっていくの見てそわそわした。こんなに五十嵐さんを待ってる人がいるんだよなあって思うんだよね。あんまり、ほかのバンドのライブじゃそんなこと思わないんだけど。で、「本日は公演の特色上、非常灯も全て消します」みたいなアナウンスがあって。もうそこでちょっと、シロップのライブに行ってた5〜10年前のことが蘇ったよね。いつも真っ暗のなかでぼーっと照らすようなあのステージを思い出したんだよ。
<へる氏>そしていよいよ始まったわけだ。

< 私 >赤い紗幕が降りていて、五十嵐さんが見えた。息を呑んで見てた。そしたらRebornのイントロを五十嵐さんが弾いているのが聞こえて。もうその一音で、会場がすごいことになってた。私も、なんかもうとんでもない気持ちになってた。そしたらドラムの音が聞こえて、姿は見えないんだけど、もう音ですぐに分かったよ。間違いないって。それに五十嵐さんの声がすごくて、前よりなんかすごく声が出てるし、あとなによりこの声が好きで好きでたまらなかったんだよなあって。
<へる氏>最後のほうにシルエットがうつったよね。
< 私 >そう。不思議なことにどんな形態でやるかってことをあんまり考えてなかったんだよね。ソロか、誰かサポートが入るのか、ってぼんやり考えたけど、まさかこんなことがあるって思ってなかった。Rebornが終わって幕があがって、中畑さんとキタダさんの姿が見えたときは、夢じゃないかと。
<へる氏>しかも中畑さんは金髪だったしね。そして2曲目「Sonic Disorder」が始まり。
< 私 >またこの曲をあの3人の演奏で聴ける日が来るなんてね。この曲は「FREE THROW」(1999年発売)収録の曲で、ずっと前からずっとライブでやっている曲で。あのベースのイントロが聞こえていてもたってもいられないくらい嬉しくて。涙が出てきて、中畑さんの金髪がにじんで見えた。
<へる氏>3曲目は「神のカルマ」。
< 私 >シロップの曲を聴けるとも思っていなかったのに、まさか「神のカルマ」を聴けるとは・・・3曲目にしてもう感無量だった。「coup d'Etat」ってシロップの中でも究極で、その中でも「神のカルマ」って究極だなって私は思ってるんだけど。「あ、私いまシロップのライブ見てる」って思った。
<へる氏>「I.N.M」をやったのもすごいよね。
< 私 >「I.N.M」「センチメンタル」「月になって」をやったの、すごいと思う。「I.N.M」はね、すごい好き。(まあ全部好きなんだけど)
<へる氏>そんで「生活」までやるし。
< 私 >もう「生活」やられたら発狂しますよ。
<へる氏>お客さん一人一人の熱量がすごかったよね。
< 私 >1曲1曲終わるごとに割れんばかりの拍手で、一人一人の拍手の大きさと熱、息づかい、そういうのが、私はほかのバンドのライブでは見たことがないよ。それに曲間のチューニングのとき、誰もしゃべらないでものすごい静寂になるとことか、ああ、これだよねって全部蘇ってきた。
<へる氏>「生活」の後は「赤いカラス」をやったね。
< 私 >この曲は、「犬が吠える」のときにやってた曲だよね。でも中畑さんが叩いて、キタダさんがベース弾いて、全然違和感ないどころか、シロップの新曲みたいに感じたなあ。「苛立ちながら過ごした日々が懐かしいのです」ってシロップの最後の方のことかなあなんて勝手な妄想しちゃって。
<へる氏>新曲も5曲もやったんだね。
< 私 >うん、それが嬉しかったな。あの五十嵐隆がいま現在新曲をつくっているって、私が生きていく上での唯一の希望と言っても過言じゃないよ。あと、昔シロップのライブで新曲やると必死で歌詞とメロディー覚えて帰ろうとしてたこととかすごい蘇った。でもこの日は、ステージにあの3人がいる様子を一瞬も見逃したくないっていう気持ちで見てたから、新曲の歌詞やメロディーをあまり覚えられなかった・・・。新曲は、過去の焼き直しじゃない、五十嵐さんの新しい曲だなって思った。特に1曲、今までに絶対なかったメロディーだなあって思った曲があった。
<へる氏>音源になるといいね。
< 私 >うん、切に願うよ。

<へる氏>「明日を落としても」は五十嵐さん一人でアコースティックギターでの弾き語りだったね。
< 私 >この曲も、私は日本音楽史上すごい曲だと思っているけど、この日はギターのストロークも声もとても力強くて、今まで聴いたことがない、今までより一歩進んだ「明日を落としても」だった。すごくよかった。そんですごく嬉しかった。

<へる氏>本編最後が「落堕」「天才」「Coup d'Etat」「空をなくす」っていうこの流れもすごいよね。
< 私 >このあたりは特に中畑さんが半端なくかっこよくて。五十嵐隆「生還」なのに、中畑さんばかり見てしまった。「寝不足だって言ってんの!!」にも「遊ばないカラまない力合わせたくない!!」にも大興奮。ああ、私こんなにシロップの曲好きなんだなあって。何よりも好きなんだなあって。
<へる氏>「Coup d'Etat」から「空をなくす」は、シロップのときから、ロックバンドとしてめちゃくちゃかっこいい瞬間だったもんね。
< 私 >「声がきこえたら神の声さ」って声がきこえて「ああ、声がきこえたら、五十嵐の声だ・・・」って。なんかもう幸せってこういうことなんだろうなって。

<へる氏>アンコールは「パープルムカデ」と「リアル」。
< 私 >「パープルムカデ」もびっくりした。発売当時、すごく実験的でだけど本質突きまくってる曲だなって思ってて、その曲をやったのが嬉しかった。そして「リアル」も発狂しそうだった。この曲のリズム隊ってすごいでしょ?またしても中畑さんとキタダさんがかっこよすぎて。私ほかにもたくさんのバンドのライブ見ているはずなのに、こんなにかっこいいリズム隊いたかなあって。そんで最後に五十嵐さんがずっと「妄想リアル」ってだんだん音程上げながら歌うところが完璧で。鳥肌立った。「リアル」ってすごい曲なんですよ。
<へる氏>(知ってるよ・・・)

<へる氏>ダブルアンコール、最後は「翌日」だったね。
< 私 >この日のMCは「ありがとう」とか「昨日さむかったですね。鼻風邪ひいてしまいました」とか、曲順間違えて「失礼しました」とかだったんだけど、ダブルアンコールのときに「こんな機会を持てるなんて半年前まで思ってなかった」「今日来てくれた皆さん、UKプロジェクトの遠藤さん、VINTAGE ROCKの若林さん、スタッフの皆さん、あとやっぱりすごくいろんな感情があったと思うんですけども、一肌脱いでくれたメンバー2人に感謝したいと思います。」「翌日という曲があるんですけど、これはものすごく前に別の形であって、メロディを変えた形で皆さんがご存知の曲になったけど、前の中畑くんのところにチャリンコで聴かせに行ったような時の曲を、歌詞だけ変えて作ってみましたんでそれを聴いてください。」というようなことを言って。それで五十嵐さん一人で、その前のバージョンの「翌日」が始まった。
<へる氏>全然違う曲だったけど、「翌日」の匂いはあったような。
< 私 >これもあんまり歌詞を覚えてないんだけど、最初「自暴自棄になって」って歌ってたような気がする。あと「あなたの傷跡になりたかった」ってきこえたところがあった。それでその前の「翌日」が終わるころ、中畑さんとキタダさんがステージに来てまた涙腺がやばくなったところで、あのいつもの「翌日」のイントロ。「あきらめない方が奇跡にもっと近づくように」って。どんだけ私を泣かせれば気がすむんだよ!
<へる氏>2007年12月9日にNHKホールでやったライブ(Tour "END ROLL")も一番最後が「翌日」だったね。
< 私 >中畑さんが五十嵐さんをおんぶして出てきたの思い出した。

<へる氏>素晴らしいライブだっだよね。
< 私 >生きているとこんなに素晴らしい日があるのかって思ったよ。
<へる氏>家に帰ってからどう思った?
< 私 >なんか、中畑さんがかっこよかったなってことばっかり考えてた。私は、五十嵐さんがつくって五十嵐さんがうたう曲を中畑さんが叩くのが好きなんだった、あと五十嵐さんの声にのる中畑さんのコーラスも好きだったんだ、って。
<へる氏>あの3人のライブの中で、一番素晴らしかったかもしれないよね、この日のライブは。
< 私 >うん、本当に。「シロップ」って言っていいのかわからないから、あの3人と同じ時代に生きることができてよかったって思った。

翌日

< 私 >次の日からは頭の中であの3人の音が駆け巡って大変だった。特に五十嵐さんの「妄想リアル!」っていう声が(笑)。胸があたたかいもので満たされて、ちょっと気を抜くと涙が出てきて。自分にも人間らしい感情があるんだなあなんて思ったりして。
<へる氏>そういうものに出会えただけで幸せだよね。ところで今後の活動はどうなるんだろう?あの3人でなにかやるのか、五十嵐さん一人でなにかやるのか、はたまた何もしないのか。
< 私 >それは正直、まったくわからない。最後のMCの「一肌脱いでくれた」っていう表現からは3人でやるのは一夜限りなのかなっていう気もするし、VINTAGE ROCKのHPの「五十嵐隆がシーンに「生還」します」っていう表現からは、一人でなんらかの活動をするのかなっていう気もするし、でも何もしないかもしれないし。こうやって深読みしてもなにもわからない。でもこの「生還」ライブはとても素晴らしいものだったし、新曲があって、あんなにギターも声も良くなっていて。私は五十嵐さんに音楽を続けてほしいって思うから、そしてできればそこにあの2人がいてほしいと思ってしまうから、どうしてもそういう方向に解釈しようとしてしまう。色んな根拠を寄せ集めて。
<へる氏>色んな根拠って?
< 私 >自分でも馬鹿みたいって思うけど・・・その、2007年12月9日のライブって、「武道館での解散を発表したライブ」って言われているけど、実際には五十嵐さんはこう言ったんだよ。「僕が大好きな武道館で3月1日にライブをやります。で、その日を持ってsyrup16gは一旦終了させてもらいます」って。だからその後「解散」って出たとき、「うそつき!」って思ったの。
<へる氏>もしかして「一旦終了してただけ」って言いたいの?
< 私 >都合良すぎるかな?
<へる氏>都合良すぎるぜ!!
< 私 >そうだよね・・・でもシロップって、なにを以てシロップっていうんだろうって考えてたら、その2007年12月9日の翌日インタビュー(ROCKIN'ON JAPAN2008年1月号)で五十嵐さんがこう言ってたの思い出したの。「中畑くんがボカーンとドラム叩いて、俺もそれについていって、守られた状態で、バンドという中で、俺は偉そうなことが言えるというか。それがシロップだと思うんですよね。」って。そうだとすれば、「生還」をこの目で見た私に言わせてもらえば、「生還」のライブはシロップとも言えると思っちゃったんだよね。これには異論がある人、たくさんいると思うけど。
<へる氏>(異論だらけだぜ・・・)妄想、リアルになるといいね・・・
< 私 >最後にこれだけ言わせてほしいのは、そう思わせるぐらい、「バンドっていいよね」っていう、いわゆるバンド幻想を信じたくなるようなライブだったよ、私にとっては。

参考文献

●このブログの書き方は大山卓也さんのHatena Diary「TAKUYAONLINE」の「小沢健二『ひふみよ』雑感」http://d.hatena.ne.jp/takuya/20100703 を参考にさせていただきました。


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